エンドレスサマー花火


 就活シーズン、大学のコース仲間Aの彼女が野外テーマパークへ行きたいって言い出した。
 その日は雨が降るってわかってたんだけど、仲間Aが「俺晴れ男だから大丈夫!」とか言うんで車を出した。
 他の仲間Bは仲間Aの彼女の妹と一緒にお留守番役で、後輩Cはまだ資格試験勉強中、院生Dは完全インドアだから誘わなかった。
 仲間Aは、家が隣で昔っから仲間Bに面倒見てもらってたりした彼女の妹と違って、共働きだから自分が出掛けちゃうと誰にも夕飯作ってもらえなくなる弟妹、特に弟のことをずいぶん気にしてた。けど、結局家族よりも就活よりも女を取って出掛けた。
 テーマパークの売りは花火。
 長岡の花火大会なんて目じゃないってくらいの五尺玉がメイン。 それをビデオ録りして、皆に見せてあげようってのがそもそもの目的だった。
 途中渋滞に巻き込まれたりしながらも、和気あいあいと語り合い曲を聴き歌ったりするうち、夕刻には到着。
 ここでまた待たされて、その上駐車場が満車でムリとか言われる。
 確かに花火は見たかったけど、カップルの邪魔をする気もなかったし、中へ入ったら別行動と思っていたし、適当に駐められるとこ探すから先入ってって二人を降ろした。
 そしたら、案の定雨が降ってきた。
 どうする帰る?って訊いたけど、二人はもうお互いがいれば幸せMAXみたいで、「ありがとう」とか手を振ってる。 帰りはどうするんだって訊いたら、仲間Aの彼女ははにかみつつ微笑んで「今夜はここのホテルに泊まって電車で帰る」っていそいそと二人でゲートの中入っちゃった。
 結局車は駐められなかったし、花火は中止になったから一人で帰った。
 そんなに濡れたつもりはなかったのに、しっかり風邪ひいた。
 なんかメールが来て、二人はそのままの勢いで結婚して大学やめて海外へ行くらしい。
 翌日熱があったけど頑張って講義に出たら、教授Eに褒められた。
 事情を知ってる仲間Bは黙ってバファリンくれた。 後輩Cはうつされたらこまるからだとか意味不明でツンデレなごまかしをしつつ、ノートのコピーを置いてった。
 院生Dは優等生イメージで見てた仲間Aが女と外泊ってのにびっくりしてた。 結婚して大学やめて海外ってことを知ったら絶望のあまり研究室の窓から飛び降りるかもしれないから、黙ってようと思った。
 その後、博士課程に進んで教授Eの紹介で教授Fの研究室に入って助教授をしてたけど、あの日のことがなんか忘れられなくて、教授Fの期待を裏切って大学やめて就職した。
 それも大卒とか資格とか一切関係ない、テーマパーク傍の提携関連グッズ小売店に。
 花火大会は毎年あったが、職人が匠の技を伝授する前に急死したとかで、あれから例の五尺玉は一度として打ち上げられない。 気になっていろいろとググったりするうちに、実は仲間Aの彼女の祖父が、急死した花火職人その人だったと知った。
 最初は純粋に興味から、仲間Aの彼女の妹に会いに行った。
 娘の基本として父親似だった純和風美人の姉と違って、彼女は隔世遺伝なのかハーフっぽい。 大きくなったら綺麗になるだろうとは思っていたが、想像以上だったので驚いた。
 久しぶりに会った仲間Bに嫌な顔をされつつ、大学のパンフを渡した。
 姉さんが行ってた大学だから本人もその気になったらしい。
 高校同級生の帰国子女Gと一緒に受験して見事合格。
 それに合わせて、土下座も覚悟で研究室行ったけど、教授Eは何も説明してないのに全部わかってて戻ってくるのがわかってたって風で、自分をあっさり入れてくれた。
 それからの四年間は、彼女が作ったサークルの支援をしたり、学長抗争があったり、他にも私的なことで様々あった。
 一年の時、彼女から告白された。
 彼女は教授Fのコースにいたから自分と付き合ってはいろいろと具合が悪いだろうし、何よりまだ恋に恋する状態で、離れて暮らす姉のことを知っているということが一種の錯覚になっているんじゃないかと思ったから、やんわりと断った。
 なのに、彼女は心を変えなかった。
 むしろ錯覚しているのはそっちだと怒る彼女を、仕方なく大人の事情的に切り捨てた。 たいして収入もない文系の年上男より、彼女のサークルに集う精鋭の中から、将来ある相手を選ぶべきだ。
 納得してくれたのか、それからの彼女はどこかよそよそしくなった。
 そうなってから初めて、再会してからの彼女にまるで一目惚れのように惹かれていたんだと気付いた。
 でも、これでいいんだと思った。
 それからの三年間、ただ彼女を見守るだけの日々は、辛くもあり幸福でもあり。夢のように過ぎ去った。

 彼女の卒業式、誰も彼もが酒に酔って騒いでいる。
 何も言わずに行くつもりだったのに、その喧騒に紛れるだろうという油断から、つい告ってしまった。
 タイミングよく、遅れて来た仲間達が彼女を囲んでうまく場が流れてくれた。彼女の表情は見えなかったが、聞こえなかったか、聞こえてしまったとしても酔っ払ってふざけていると思ってくれるだろう。
 賑やかな研究室を一人抜け出した。
 敬愛する教授Eには申し訳ないが、また大学をやめるつもりだった。
 一人暮らしのワンルームは、大学から車で20分ほどの下町にある。
 車を降りると、オートロックの扉の前に、どうやって来たのか先回りした彼女が立っていた。
 このマンションが気に入っていて、復帰してからも空いていた部屋をまた借りたから、姉の残したものから住所を知ったんだろう。
 そういえば仲間Aの彼女は少しばかり不思議ちゃんで、自己流タロットなどもしていたし、「私の妹があなたの運命の相手」とか言っていた気もする。 もしかしたら、それっぽい書き置きでもしていたのかもしれない。
 ちょっと離れたところに駐まっていた車が、数回ライトを点滅してから走り去る。 仲間Bの車だ。
 どうやらお節介が複数いるらしい。
 彼女はトランクを持っていた。
 一緒に行くと言われて、断ることはもうできない。
 部屋から纏めてあった僅かな荷物を運び、彼女を助手席に乗せて車を走らせた。
 あのテーマパークへ。
 二人とも黙っていたが、ふとした拍子に目を見交わしては微笑み合って、それで充分に満ち足りていた。
 五尺玉が打ち上げられなくなったせいで、駐車場はガラガラだった。
 彼女は痛いほど手を握り締めて、まるでそうしないと逃げるとでも思っているように泣きそうな顔で、「一緒じゃなければ入らない」と言った。
 正直なところ、花火なんかもうどうでもよかった。
 ただ彼女の喜ぶ顔が見たかった。
 彼女だけが全てで……あの日、二人をずいぶん勝手な奴等だと思ったけど、今となってはわかりすぎるほどにわかる。雨でも嵐でも、けして目的の花火が打ち上げられないとしたって、きっと彼女とならばこの上ない至福の時だろう。
 あの日と同じ降水確率。
 けれど、雲の合間からは月が顔を出し、雨の気配はやんわりと遠退いていく。
 チケットを買おうとした時、まだ学割が有効だからと学生証を出そうとした彼女の鞄から、一冊の手帳が落ちた。 それを拾い上げる。
 拾い上げた拍子に、挟まっていたメモがひらりと舞い……。
 それは、彼女の祖父が残した火薬調合のマル秘メモだった。
 彼女の手を引いて工場へ走った。
 職人達へ事情を話し、彼女を紹介する。
 独特のクセのある字は、彼女でないとなかなか読めるものじゃない。
 さあ、と促せば、彼女は瞳を輝かせメモを読み上げる。
 数日後、試作品が打ち上げられた。
 天空の全てを包み込むほどに大きく眩く広がり煌めく様は恐ろしいほどに壮絶な美しさだったが、お約束としてさらに美しい腕の中の彼女に夢中で、実のところあまりよく覚えていない。
 五尺玉を打ち上げることのできなかったこの数年の仕打ちを鑑みるに、テーマパークからの独立を考えていると職人達は言う。 以前それとなくプッシュしておいた伝承を活かし、これからは地元商店街と組んでやっていく方針らしい。 ちなみにその伝承研究の第一人者は教授Eだ。 彼女の作ったサークル民俗学研究会のメンバーも、いろいろと協力してくれることだろう。
 工場の皆は彼女を社長として迎えるようだ。
 来年はテーマパークとしてではなく、地元商店街の伝統に則った祭りとして五尺玉が打ち上げられる。
 仲間Bと後輩Cを巻き込んで、彼等夫婦へWEB実況してはどうかと提案したら、凝り性の仲間Bは今から自作PCに取り掛かり始めた。
 資金面については、当時の院生D、今では助教授Dが、スポンサー集めから特許申請まで一手に引き受けてくれている。
 奇遇にもテーマパークを経営している企業の御曹子はサークルメンバーだから、テーマパークと商店街、双方に利益のある協賛企画として進められるかもしれない。
 万事、全ては事もなし。

 とにかく速くと彼女がねだるので、明日籍を入れる。